#17|AIは、日本をIT後進国から引き戻せるのか?
1993年、青色発光ダイオードのニュース
1993年、日経が青色発光ダイオードを大きく報じた。 その記事を見た瞬間、私は直感的に理解した。 「RGBが揃った」と。
それは技術仕様の理解ではない。 表示の世界そのものが変わる、という構造の理解だった。 要素が揃った瞬間に、「次に何が起きるか」を想像できるかどうか。 その差が、その後の設計力を分けてきたのではないか。
1995年、Windows 95という分岐点
1995年、Windows 95がリリースされた。 GUIという概念が一般に普及し、「ようやくUIが追いついた」と、多くの人が感じた瞬間だった。
しかし一方で、一部の人にとっては、そこに何の感動もなかった。 それは、UIを「操作手段」ではなく、設計対象として見ていた人たちにとっては、すでに通過点に過ぎなかったからだ。 具体的には、UNIX環境、ワークステーション、Macといった環境で、すでにUI設計と向き合っていた人たちである。
その後の30年、何が更新されなかったのか
iOS、Android、ChromeOSは、タッチ、モバイル、クラウド、センサー、解像度、入力方法など、前提そのものを変えながら構造を更新し続けてきた。
一方で、Windowsはどうだっただろうか。 基本的なUI構造、操作思想、業務前提は、Windows 95以降、本質的には大きく変わっていない。 それは本当に「進化」だったのか。それとも、「上書き」だったのか。
もし日本のITがここまで遅れた原因があるとすれば、この構造を更新しなかった30年にあるのではないか。
Office中心という業務構造
Word、Excel、PowerPointは、資料を作るための道具としては非常に優秀だ。 しかし、UIを設計するための道具ではない。
それでも日本の業務構造は、長くOfficeを中心に回り続けてきた。 Officeが悪いのではない。Officeしか使わない構造が、設計の場そのものを失わせてきた。
Adobeは「デザインツール」ではなかった
Illustrator、Photoshop、Acrobat。そして、Media Converter、Premiere Pro。 これらは単なる表現ツールではない。構造を扱うための道具だ。
Codec、解像度、フォーマット変換。 動画、SNS、YouTubeが社会インフラとなった今、これらを無視してUIやITを語ることはできない。
AcrobatはPDF Viewerではない
多くのWindowsエンジニアは、Acrobatを「PDFを見るためのツール」だと誤解してきた。 しかし実際には、OCR、編集、フォーマット変換などを含む高度な構造処理ツールである。
さらに近年、OpenAIやGoogleのGPT、GeminiとAdobeはAI統合を進めている。 それでもなお、「だから何が起きているのか」が理解されていない場面は少なくない。
AIは、何を変えたのか
AIは魔法ではない。新しい技術が一つ増えたわけでもない。 ただ、設計・構造・実装を初めて一本でつなぎ始めた。
それにもかかわらず、AIを「文章生成ツール」として上書きしてしまってはいないだろうか。
結論は、まだ書かない
日本は本当にIT後進国なのか。 それとも、ゼロから考える力を上書きしてきただけなのか。
AIは、日本を救う存在なのか。それとも、問いを突き返す存在なのか。
答えは、まだ書かない。
書くのは、この問いを引き受けた次の世代かもしれない。